月の高揚と減衰~二元論ではとらえない惑星の性質

古代インド占星術

古代インド占星術の面白いところは、惑星の性質を、二元論で捉えないところだと思います。二元論とは、世界のあらゆる物を対立する二つ、例えば「善」と「悪」、「光」と「闇」のように分けて、それぞれの立場から説明しようとする西洋的な思考法です。古代インド占星術では、そのような発想をしません。例えば、惑星の状態が良い「高揚」=「○」、状態の悪い「減衰」=「×」とは単純にとらえないのです。

インド占星術を習いたての頃は、水星が減衰しているからだめだ~、と落ち込んだり、高揚する惑星を一つも持たないことに落ち込んだりしましたが、そんなにがっかりしなくても良いことに、勉強していくと少しずつ気付いて行きます。

例えば、月の高揚。牡牛座に月があると、月は最も自然体でいられ、とても居心地の良い状態に置かれます。月は心、感情、母性などを表わします。出生図で月が高揚している女性を見ていると、何か“守ってあげたくなる女性”という雰囲気を醸し出している感じがします。手先が器用だったり、お料理上手だったり、理想的なお嫁さんという印象です。それが年下の女性の場合、年上の方から見ると、かわいらしいなぁ、と思うような振る舞い方をされることが多く、年上からの受けが良いように思います。私の経験ですが、私が何か話している時に、突然「泣かれた」ことがあり、「えっ!何か傷つけてしまったかなぁ」という場面に遭遇することがありました。それだけ、感受性が豊かで傷つきやすいのかなぁと思います。その個性は、芸術や小説に強く感動できる心でもあります。ただし、特に職場においては、その個性はストレス耐性が低いということにもつながります。いちいち、同僚や上司の言葉に傷ついてしまうからです。一般的に、すぐに泣いてしまうということは、苦労や努力、我慢が苦手という風に取られてしまいがちです。そういうことを考えると、月が高揚しているのも大変だなぁと思います。

それでは、月の減衰はどうでしょう?月が蠍座にあると、月の居心地はよくありません。月は、心、愛情を表わします。ですので、綺麗な水でサラサラと美しく流れていたいのです。しかし、蠍座は水の星座ではありますが、固定星座です。流れていない“ため池”のようなところです。月の愛情がサラサラと流れることができず、溜め込まれます。ため池にはボウフラが発生しますが、そんな淀んだ水の中では、月は自分の良さを発揮することができません。だから、簡単に涙を流したりできないのです。幼い頃から、無意識に心をコントロールする術を覚え、鍛えられるのです。自然と忍耐強く、我慢強い人になります。出生図にこの配置がある男性を見ていると、どんな困難な場面でもポーカーフェイスを貫き、淡々としている印象を受けます。そういう方に対し、上司は不用意な発言を控えるのではないでしょうか。その落ち着きぶりに「自分より仕事が出来るのではないか?」なんて、思わせるのではないでしょうか。

こうしてみてみると、月が高揚しているのも減衰しているのも大変だなぁと思います。何でも、ほどほどがちょうど良い。月にとって、友好星座(月の場合は、双子座、獅子座、乙女座)あたりにいるのが、座りの良いポジションかなぁ~、なんて思います。もちろん、月の両側の部屋に何か惑星がいてくれることなど、条件付きではありますが・・・(>_<)!

タイトルとURLをコピーしました