母子の共依存は生まれる前に決めてきたこと~1室に在住する月

古代インド占星術

今から3年ぐらい前、呼吸器症状を治したいと思い、ヒーラーの方に、何回かに分けて遠隔ヒーリングを行ってもらったことがありました。その最中、ソファーに横になっていたのですが、私は母の胎内にいて母が泣いている様子が伝わってくるのです。ヒーリング中、私は涙が出て仕方がありませんでした。その一連のヒーリングのおかげで、ピタリと呼吸器症状が治まったわけではありません。が、その時、なぜか「薬を止めよう」「薬を止めなければいけない」という強い思いに駆られました。薬に対する意識が変わったのです。その時までは、ただ漠然と副鼻腔炎の炎症を抑える薬など毎日3年間飲み続けていました。そのヒーリングをきっかけに薬を中止したことで、もちろん、症状は一時的にひどくはなりましたが、「薬に頼らずに体質を改善しよう」という強い決意が生まれ、現在に至っています。 

今回は、ヒーリング中に感じた「母の胎内にいて、泣いている母をかわいそうに思った」という経験について触れてみたいと思います。あのヒーリング以来、私は「母を幸せにしたかったから」「母を守るため」に母の子どもになったのかなぁと考えるようになりました。そのことは、もしかしたら、出生図の私自身を表わす1室に母を表わす月が入っていることによって示されているのかもしれません。このことを、鑑定では「お母様の影響を強く受けていらっしゃいますね」とか「母と子の共依存に見えますね」と読めるかもしれません。じゃ、なぜそのような出生図を持って生まれてきたのかというと、やはり「母を幸せにしたかった」「母を守りたかった」と、生まれる前の私はそう決めてこの世におりてきたのだろうと思うのです。 

先日、母の入所する施設の医師から母の余命のようなものを聞かされました。施設の帰り道、沢山涙があふれてきましたが、施設でつけていたマスクが私の顔半分を隠してくれて、マスクにちょっと感謝しました。ただ、数年前だったら、もっと辛い想いで受け止めていただろうなぁと思うのです。母が6年前に認知症になり透析を始めてから、そして、今年の度重なる入院生活で母がとても辛そうだったのをずっと見てきたので、母にとっては、この世よりも、あちらの世界の方が自由に動き回れ、好きな物を思う存分食べれ、大好きなお姉さん(私の叔母)やお母さん(私の祖母)に会えて、愛にあふれる世界で暮らせて幸せなのは間違いないと思うようになり、この世の私が母との別れを悲しんで、泣いて足を引っ張るのは止めなきゃなと考えるようになりました。何より、6年前から少しずつ母との別れを意識させてくれ、心の準備をさせてくれた神様、惑星たち、そして母に対し、感謝の気持ちで一杯です。突然の家族との別れを強いられる方々が沢山いらっしゃる中で、私の心がしっかりと受け止めることができるよう長い準備期間を与えて頂けたのですから、感謝しかありません。 

そして、とても不思議なことなのですが、今から14年前に原因不明の歩行困難となって以来、ずっと続いていた背中の痛みが、消えたのです。歩行困難自体は、パーキンソン病の薬(レポドバ製剤)を飲むことで著しく改善していたのですが、背中だけはいつも痛かったのです。痛みが消えた物理的な要因は「ナイアシン」サプリメントを服用したお陰なのですが、日光アレルギー改善のために試しに飲んでみたに過ぎないサプリが、長年の背中の痛みにまで、劇的に効くとは思ってもいませんでした。しかも、母のことを考える時間が多くなったこの時期に服用したのも不思議なタイミングだなぁと思うのです。 

母の物的な身体とのお別れの日がいつくるのかわかりませんが、その日まで、直傳靈氣(じきでんれいき)を定期的に送ってもらおうと思っています。母の気持ちがずっと穏やかでいられますようにという願いを込めて。そして、私が病に苦しむ方に直傳靈氣を送る日がやって来ますようにという願いを込めて。

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