美智子さまの出生図(出生時間をインド時間に修正)を見てみましょう。
美智子さまのラグナは乙女座です。乙女座ラグナはその支配星の水星が示すように、現実的な星座です。先々のことを頭で計算して行動するため、一旦ゴールを定めると、その結果を手に入れやすいという特徴があります。また、理想が高いというのも特徴の一つです。そのため、自然と負けず嫌いな気質になります。
それでは、美智子さまにとっての「ゴール」とは、一体何だったのでしょうか?美智子さまがお生まれになったのは昭和9年。女性の幸せは「結婚」と言われた時代でした。時代背景を踏まえると、「玉の輿」が彼女のゴールだったと考えても、何ら不思議なことではありません。
昭和34年2月6日に開かれた第31回国会衆議院内閣委員会の議事録の中に、次のような記録が残されています。菊池義郎委員という方が「この婚約の前に、美智子嬢は二十五人の見合いをしておられた。そして最後に波多野という青年と婚約、これを破棄して皇太子の方に振り替えたというようなことが流布されている」がそれは事実であるか否か、当時の宮内庁長官に問うているのです。その際、菊池委員長は、美智子さまが平民出身であることについて自分は構わないと考えるが、皇太子からの求婚を受けたが故に、既に結んでいた婚約を破棄するということは、道義に反しており、将来、天皇となるお子様をお育てになる方としてふさわしくないのではないか、という見解を示していました。
この元婚約者の波多野敬雄氏は旧華族の出身で、美智子さまとの婚約当時、外務省に勤務されていました。不思議なご縁ですが、外務省では、雅子さまのお父さまの1年先輩になります。雅子さまのお父さまは官僚のトップである外務次官になられたため、波多野氏は後輩に抜かれる形になりました。外務省引退後、学習院の学長に天下りされ、愛子さまが階段から突き落とされそうになるなど深刻ないじめに遭われていた時に、「家庭内の問題」として片付けようとされた方です。また、当時、美智子さまも「いずれかが犠牲になる形で解決が図られることのないよう、十分に配慮を払うことが必要ではないかと思う」との見解を示しました。つまり、当時、学習院側も美智子さまも、精神的に雅子さまと愛子さまを追い込んだのです。
さて、ラグナに金星があります。金星は、その部屋に幸福感や喜びをもたらします。そのため、自分の見た目、ファッションに強い関心を持ちます。自ずと目立ちたがり屋になります。美智子さまは、「一度袖を通した服を二度と着ないこと」で有名な方だったようで、皇太子妃時代の衣装の総額は13億円を超えると言われています。ただ、この金星は減衰しています。香淳皇后から贈られたティアラをカチューシャ風に変えたり、ピーマンやエリンゲの装飾にみえる皿状の帽子をおでこにのせたりと、美智子さまは「独特の感性」をもっていらっしゃるようです。誰か(女優)を真似した服は着こなせたとしても、ご自身のセンスは少し微妙です。また、金星が減衰していると、異性関係が派手になったり、或いはトラブルのある人と恋愛関係を持つ傾向もあります。実際、美智子さまはどうだったのでしょう...
古代インド占星術において、「魂」を表す太陽はとても大切な惑星です。太陽は、出生図の持ち主の「自尊心」「プライド」という形で表現されます。美智子さまの場合、その太陽が減衰しています。減衰しているからといって、太陽の持つプライドや自尊心が抑えられるわけではありません。むしろ、太陽のエネルギーはそのままに、太陽が太陽らしくいられない状況、環境にいる、ということを意味します。周囲から一目置かれたいと考える太陽にとって、周囲とバランスを取ろうとする天秤座にいることは、太陽にとって結構大変なポジションです。そのため、プライドや自尊心を傷つけられる体験をします。また、弱みを見せるのが苦手できつい性格となって表れることがあります。
減衰した太陽は、父親への複雑な感情も示しています。美智子さまは、母親の正田富美子(旧名;富美)さんの連れ子で、実際の父親は正田英三郎氏ではないという話もありますが、いずれにせよ美智子さまが実父、或いは継父に対して、複雑な感情を抱いていたとしても、至極当然な惑星配置です。
美智子さまの減衰した太陽は、木星と水星とともに2室にあります。2室は、両親、父方の実家、家庭環境、お金、趣味などを表します。木星のエネルギーで裕福なご家庭であったということが伺えます。水星はビジネスの星ですので、ご実家は愛情にあふれた家庭というよりも、合理的なことやお金儲けなどに関心のある家庭であった、と読めます。
次に、美智子さまの恋愛について見てみましょう。5室(山羊座)に土星とラーフがあります。5室のテーマである恋愛、子ども、専門知識などについて、カルマがあると読めます。美智子さまは、6歳から25歳まで土星期が続いており、その間、25回のお見合いをされ、25歳でご結婚されました。当時、23歳を過ぎると「晩婚」とみなされていたようです。
なぜ、晩婚になってしまったのか?5室は山羊座です。ヤギという動物は、一見、癒し系の優しい雰囲気を持っているように見えますが、実は、蹄と柔らかい肉球を使って、90度の断崖絶壁をヒョイヒョイと上ることができる俊敏な動物です。実際のヤギが「上を目指して」山を駆け上がるように、山羊座の一つの特徴として、自分の権力や権限、ステータスにおいて完璧を求めようとする点があります。25回ものお見合いは、相手のステータスにおいて、「上を上を」と目指した結果であり、必然的に晩婚になってしまったのでしょう。また、上述したような負けん気の強さや目立ちたがり屋という気質に気付いた相手が、彼女との交際を断ったとしても不思議ではありません。お見合い相手の一人と言われている三島由紀夫氏も、その他の方々も、明仁上皇より、慧眼の士であったということでしょう。
5室にある土星とラーフ。土星は、恋愛を欲する楽しい星ではありません。5室に土星は合わないのです。美智子さまに限らず、一般的に、この配置を持つ女性と結婚すると、「最初だけ」が楽しい時期であり、ロマンスは長くは続きません。配偶者に対し、何かにつけ文句を言う女性になります。上皇さまとの恋愛時代も上皇さまが「尻に敷かれていた」状態だと読めます。土星とラーフが組み合わさったエネルギーですので、恋愛に関して、騙したり、騙されたり、様々なご経験をされたのではないでしょうか。
また、5室に土星とラーフといった凶星があると、5室は、子宮や女性ホルモンを表す部位に当たりますので、その部位に問題を抱えるため、お子様を3人もご出産されるのは難しいと読めます。実際、1963年3月に胞状奇胎と診断され、流産されておられます。文仁さまが美智子さまのお子様ではないのでは?と疑われている理由の一つは、この胞状奇胎は、絨毛がんへ移行する可能性があるため、つい最近の医学でも1年から2年は妊娠を避けた方がよいとされていました。しかし、その妊娠を避けるべき期間であった1965年11月30日文仁さまが「突然」誕生されたのです。しかも、妊娠7か月でピンヒールをはいて写真に写っておられるのですから、本当に妊娠していたのか?と思われても仕方がありません。
現在、火星・金星期です。美智子さまのご健康状態はあまりよくないのではないかと読めます。
太陽の減衰は、出生図の持ち主にそれなりの困難を与えます。しかし、その配置をもってこの世におりてきたのは、それを乗り越えるためです。減衰した太陽を持つ方が、努力を重ねて周囲に尊敬される存在になり、魅力的な人物になって今生を終えるという設定も考えられると思います。とても深みのある人生です。美智子さまも、この世で学ぶ機会を沢山与えられていらっしゃっただろうにと思いますが、お気づきになられなかったのかもしれません。謙虚に学ぶには、あまりにもこの世の社会的地位が高すぎて、周囲もお声を掛けづらかったのかなぁと容易に想像できます。以前、「この世の霊位は逆転している~出口王仁三郎氏」というテーマを書きましたが、そういう視点で世の中を見ると、改めて面白いなぁと思いました。
私たちは、昭和、平成の時代に一体何を見せられていたのでしょうか?
メディアは、美智子さまや秋篠宮家を持ち上げるものばかりでした。そして、あたかも雅子さまが公務をおろそかにしていらっしゃるかのような印象を与えられてきたように思います。
今こうしてSNSが普及し、隠されてきたことがようやく明らかになってきました。
なぜ、今上天皇、雅子皇后、敬宮愛子さまの笑顔に癒されるのか、と時折考えることがあります。それは、上皇后ご夫妻、秋篠宮文仁さま、紀子さま、そしてメディアなどによっていじめられてきた辛い時代を、ご家族3人力を合わせてよく乗り越えて来られましたね、がんばりましたね、と国民の中の気付いた人々が思うからではないでしょうか。そして、そのお姿を自分の人生と重ね合わせ、皇室を身近なものだと感じさせてくれているのかなぁと思います。
日本にとって皇統はとても大切なことだと思います。ただ、男系だ、女系だ、という前に、魂の綺麗な人、いじめられてもいじめる側ではない人、嘘のない人に日本と日本国民の象徴であってほしいなぁと、思うのです。


