最近、音律には純正律と平均律があることを知りました。きっかけは、石垣島出身で「神様とのおしゃべり」(2018年、サンマーク出版)の著者でもあるさとうみつろうさんのYouTubeでした。とても分かりやすい説明に私も頭では分かったような気になっていました。が、最近、この純正律の凄さに腹落ちするような体験があったのです。
それは、純正律の音楽を流しながらぼんやりしていた時のこと。突然なんですが、ある女性に「今すぐに」会いたいという感情が心の奥深いところからグーと突き上がってきたのです。会いたくて会いたくて、自然と涙が溢れてきてしまい・・・。その女性とは、私たちがジョージアで暮らしていた頃、出稼ぎのため首都トビリシで働いていたおばちゃんで、ナトさんと言います。今から6年前、当時住んでいたアパートの共用部分の清掃をしてくれていたのが彼女でした。
滞在中の3年間、ほぼ毎日のように彼女に会い、互いに声を掛け合うのですが、私のロシア語と言えば、はちゃめちゃですし、彼女(ナトさんと言います)のロシア語もひどかったので(笑)、ジェスチャーを交えながらの意思疎通でした。その甲斐あって、嬉しいこと、悲しいことはおおまかではありますが、ざっくりと共有できていた気がするのですよ・・・
純正律の音楽を聴きながら、彼女のことを思い出していた時、彼女と過去生で会っているな、という想いが胸をよぎりました。彼女は、ジョージア南部のズグディディという街の出身で、一度その街を主人と車で訪れたことがあるのですが、幼い頃似たような街を同じように車で通り過ぎたような、そんな気がしました。暖かく優しい風とその匂い、生い茂る木立の緑の色、青く澄んだ高い空・・・。懐かしいナトさんと懐かしいズグディディ。
そんな想いに耽っていたら、ちょうど昼休み中の主人から「ナトさん、日本に呼びたいね~」とのライン。こういうのを恐らくシンクロニシティと呼ぶんでしょうね。
自分の魂の原点に帰らせてくれる純正律。なぜ、このような素晴らしい音律を敢えてなくしてしまったんでしょうね…


