先月29日、母が光の世界へと旅立ちました。
5年前から人工透析が始まり、加えて、食事制限やシャントの不具合による度重なる手術などで、母にとって、辛い日々だったと思います。認知症もゆっくりと進行する中、大腿骨骨折、骨盤骨折、コロナ感染による誤嚥性肺炎と全てを乗り越え、持病である慢性腎不全と向き合った5年間でした。
6月20日に入院し、他界するまでの約2ヶ月の間、ほぼ毎日病院にお見舞いに行くことができ、母の身体に触れたり、話しかけたりすることができました。母が入所していた施設では、面会は施設の1階ロビーで15分間と決められていました。そのため、私たちが訪れた日が体調の悪い日と重なると、車椅子の上で半分寝ているような母の姿と何度か対面することがあり、母にも悪いし、寝ている母を起こしてくださった施設の方にも申し訳ないなぁと思っておりました。
一方、母が入院した病院は、ベッドサイドまで行くこともできましたし、15分と面会時間は決められてはいましたが、患者さんとその家族のことを第一に考えてくださる暖かい雰囲気の病院で、毎回決められた時間よりも長く滞在することができました。何度か、退院の話が出て施設に戻るための調整が行われたこともあったのですが、そのたびに、母の調子が悪くなり、退院が延期されるということを繰り返していました。恐らく、母も施設に戻るよりもこの病院の方が「娘との時間がたくさんある」と感じ取っていたのでしょう。病院は、私の自宅から往復3時間かかったのですが、電車の乗り換えがなく、施設へのアクセスに比べて、遙かにスムーズで楽でした。そのことも認知症で寝たきりにもかかわらず、母の魂は知っていたのだと思います。
昏睡状態におちいった母が、私の心の中を見透しているなぁ、と思った出来事がもう一つあります。それは、病院からの連絡が深夜にあった場合、隣の県にある病院までのタクシー代が一体どれだけかかるだろうかという漠然とした不安があり、夜が明けて、病院から電話がなかったことにほっとして眠るという日々が続いていたことです。そんな私の不安を母の魂は見抜いていたのでしょう。母は、私がいつものように電車に乗って病院にお見舞いに向かっている最中の真っ昼間に、あの世へと旅立ちました。昏睡状態にあるとき、その人の魂は、肉体から抜けて、近しい人の元を訪れたり、近しい人の心を見透すことが出来ると聞いたことがあります。今回、母を通して改めてそのことを実感しました。
そして、母が旅立った29日は、病院と自宅を往復するために購入した定期券がちょうど切れる日でした。私の懐具合をここでも心配してくれていたのでしょう。母らしい気遣いだと感じました。
29日という日にちには、もう一つ意味があります。それは、私と主人の誕生日が、某月29日なのです。3人で一緒に暮らしていた頃から、(離婚した)母は私たち夫婦の関係性をとてもうらやましく思ってくれているところがありました。母が選んだ光の世界での誕生日が29日。また、みんなで会おうね!というメッセージが伝わってきました。
旅立ちの場所と時間を私にとって一番楽になるよう選んでくれた母に、深い愛情を感じ、すごく暖かい気持ちに包まれています。
ありがとう、お母さん。また、みんなで会おうね!


