前回のブログで、「この世のミクロ界は『あちら側の世界』が漏れ出たグレイゾーンゆえ、シンクロニシティとは別の世界から発現したホコロビなのだ」というユングの考えをご紹介しました。
この言葉は、「ユングは知っていた」(コンノケンイチ著、1998年)に紹介されていたもので、その中に、「私たちが一つの世界しか認識できないのは、別の世界が介在しているという可能性を、私たちが意識を介入させることによって消し去っているからである」という量子力学の父ニールス・ボーアの言葉が引用されていました。
この「意識を介入させることによって消し去っている」とは、一体どういうことでしょうか?
この意識について、「量子力学的習慣術」(村松大輔著、2021年)を読むと、とてもわかりやすく説明されています。私たちの身体は、小さな粒(素粒子)の集合体で、その素粒子は、原子の中にあります。その原子の中には、小さな原子核がポツンとあって、あとはスカスカの空間。そのスカスカの空間の中を素粒子が飛び回っているらしいのです。その素粒子とは、「クォーク」(物質の素)と「電子」(電気の素)と「フォトン」(光の素)の3種類。その中の「フォトン」が私たちの「意識」と「感情」なのだそうです。「フォトン」は、「粒」でもあり「波」でもあるため、例えば私たちが「喜びのフォトン」を出すと、喜びの波が私たちから、「バァ~」と放出されるわけです。意識は振動数(波の数)のため、振動数が高い状態というのは、「全集中」をしている状態などを指し、例えばそういう状態での勉強は効果が高い=物質化する(夢が叶って志望大学に合格する)という流れを作ります。よく「思考が現実化する」と言いますが、こういう仕組みが働いているのだなぁと納得させられました。
ボーアの言葉に戻りましょう。「私たちが意識を介入させることによって(別の世界が介在している可能性を)消し去っている」というのは、「異なる意識の振動数のために、私たちの意識が邪魔をして、あの世の存在を認識できない」ということかと思います。
村松氏も前著の中で、NHKの電波は557(メガHz)、日本テレビは545、とそれぞれ周波数(Hz)が違うため、それぞれのテレビ局の情報を独自に流すことができると説明した上で、「これがいわゆる“パラレルワールド”です。多数の世界が異なる周波数帯で同時に存在していて、周波数を合わせると、その世界を見たり、体験したりできる」とあります。
実は、私もこのパラレルワールドを実感した体験があります。それは母が亡くなる8日ぐらい前の出来事です。母の意識状態が悪くなったと主治医から電話があり、母が個室に移された初日の晩、私は病室で母と共に一夜を過ごしました。その晩、母が右手を高く伸ばして、じっとその方向を見ているのです。「私はこっちだよ」と言ってその右手を私の方に向けようとしても、やはり母はまっすぐに右手を伸ばし、じっと天井の方を見つめているのでした。「おじいちゃんやおばあちゃんのお迎えが来たのかなぁ」とふと思った瞬間でした。そして、明け方、私と母以外誰もいない病室に備えられたタッチレスハンド水栓から「ジャァー」と水が流れ始めたのでした。普段だったら私はとても怖がっていたかもしれません。でも、その時、その洗面所の前に母を迎えに来てくださった方が沢山いらっしゃるんだろうなぁと感じられ、全く恐怖心を抱きませんでした。
あの世に向かおうとしていた母の意識の周波数が、あの世の周波数と一致したため、母は「お迎えに来た方々」を視認できて、右手を挙げたのだと思います。一方、「お迎えに来た方々」が周波数をこの世の周波数に合わせてくれたため、タッチレスハンド水栓が「ジャァー」と流れ始めたのかなぁと思います。周波数が異なるために、私たちはあの世を認識できませんが、この世とあの世は、この同じ空間に存在している、つまり、この空間はパラレルワールドなんだなぁと思いました。
ただこういう仕組みが頭ではよ~くわかっていても、やはり、もう一度母の手に触れたい、母の声を聴きたいなぁと思う今日この頃です。今、隣にいてくれているということが分かっていても・・・


